なにものか解らない 写真家。

COLUMN

やりたいと思ったらすぐにやっていた子ども時代。

すぐに行動します。
だけど。大半は3日坊主。
そんな僕でもコツコツと続けられたのが写真撮影です。
1998年からspread(スプレッド)という屋号で活動している廣瀬真也(ヒロセシンヤ)です。

プロフィール画像

spreadとは、広げるや見開きという意味でつかわれています。
身近な人に伝えて、またそこから広がる動きになれるように意識しています。
活動の始まりは、大学受験前に「フォトグラファーになれる」って思いこみ、独学で写真を学び始めてから、すべてが新鮮で、24時間365日写真に打ち込み、18歳と半年でフォトグラファーデビューしました。

原爆ドーム 1998年

20歳で無謀な独立

自分で仕事を始めると、刺激的な事ばかり、朝は仕事して夜は呑みに行き朝まで遊ぶ、そしてまた仕事する日々。しかし、刺激的で面白い日々も長くは続かず、やりたくないことも増えてきて、知らない間にストレスを溜め込んでしまい、難病「クローン病」を発病し、体中の血が下血し意識不明の重体で運ばれて死の淵を彷徨いました。
その後は、再発に悩まされ、多くの不安に襲われ、仕事、食事、社会との関わり方を模索しました。

葛藤の日々で見つけられたこと

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いつのまにか子どものころの自由だった気持ちを忘れてしまっていた。「わくわくすること、おもしろいこと、好きなこと」をやれるように生きていこうと決めた25歳。それからは、多少のストレスを感じても再発を恐れなくなりました。

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4年のブランクを埋めることはだいぶ骨を折りました。まわりから厳しいこといわれ、多くの失敗もして、自分の甘さにもほとほと嫌になりました。

だけど、これでいい。

同じ間違いを繰り返さなければそれでいい。

今はこれしか出来ないからそれでいい。

これが自分だと。

そこから、仲間とフリーペーパーを発行、ソーシャルな活動をお手伝い、書籍編集、30歳で初就職して公共施設の施設長をやり、新しい経験をたくさんできしました。

「かぐれ」カタログより

『打ち水大作戦のデザイン』編集・撮影

施設長をしていた施設カタログ 表紙撮影 和紙の原料三椏

 

「わくわく」する挑戦がはじまります

写真以外の活動は、2015年に土に触れたいと思い、田んぼを借りて仲間とお米作りをはじめました。

夏の夕暮れの田んぼ

tanbo002

それから、あきる野市にあるごみ処理施設に不要になって運び込まれた「物」に新しい価値を生み出すプロジェクトRE:BEAT(リビート)という施設の運営をはじめています。
写真の活動は、2020年東京オリンピックまで、東京の森林を撮影するプロジェクト「森にハイル」

『森にハイル』
日本全国のマリア像を撮影して「手漉き和紙」にプリントするプロジェクト「Dialogue With Mary」をスタートさせました。
2016年12月にSHIBUYA+BArにて「Dialogue With Mary写真展」を行いました。

『Dialogue With Mary』

20161201shibuyaplasbar

もっとお話ししたいことがありますが、またの機会に。
これから、どうぞご贔屓に

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