「21g」

COLUMN

「21g」

 

ことの真偽はわからないけれど、こういう話は、自分の中にある創造性を開かせてくれる。

今から100年以上の昔、アメリカ合衆国マサチューセッツ州の医師、ダンカン・マクドゥーガル博士は、人間が死ぬ際の体重の変化を記録することで魂の重量を計測しようと試みた。

「21g」

それが、魂の重さだと博士は結論づけた。

大和魂、魂を込める、三つ子の魂百まで、ソウルメイト、ファイティングスピリット…etc.

魂または、それっぽい言葉の中に響く共通性は、強い想いや、深い絆であるように感じる。たかが21gの物質のその中に、人は強く深いエネルギーがあることをどうやら感覚的に知っているようだ。

 

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生きるということを考える時、そこには「命」があって、その命をどう使うのか(=使命)という命題がある。大きな流れとして、命は決められたところへ運ばれていく(=運命)。少なくとも肉体を持った人間は、肉体の「死」を迎えることが運命づけられている。

 

そう、人はどんな人であれ、死ぬことを決められた存在なんだ。

 

その先に、21gだけがどこかへ旅立つとしても、肉体として必ず死を迎えることを運命づけられた今世の「私」はどう生きようかと考える。

 

どうせ死ぬのに、なんで一生懸命大変なことをやらなきゃいけないの?

どうせ死ぬのに、なんで苦労していろいろなものを身につけるの?

どうせ死ぬのに、なぜ生きるの・・・?

 

どうせ死ぬことはわかっているのに、人はいろんなことに悩み、苦しみ、それらを克服し、その先に楽しみと喜びとつながりを見出しながら、夢をみて生きる。次の世代に、その次の世代に、何かを残し繋ごうとする。

 

なぜなのか?

 

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そんなことを考えながら最近思ったことがある。人は、生を始まりとして死を終わりとするけれど、それは、もしかしたら勝手に決めた一つの見方であって、常にいつも、今の連続でしかないんじゃないかって。

生も死も、そのプロセスの中のビッグイベントではあるけれど、それは始まりでも終わりでもなくて、それもまた日常の一瞬とまったく同じ重さをもった、同じ一瞬でしかないんじゃないかって。

肉体の生死に関係なく、それはずっと続いていく一つの流れなのかもしれない。仏教の輪廻はそれを苦と捉え、輪廻からの解脱を目的にしているところもあるが、それともまた少し違う。

それは苦というよりは、自然な流れというか、自らそうなるような感覚。

しかしそこに一つの疑問が浮かぶ。なぜ前の生の記憶がないのか?

それは、記憶がないわけではなく、あまりに膨大な量の記憶がありすぎるからではないだろうか?

 

細胞1個の核に含まれている遺伝情報は30億個の科学の文字で書かれているが、その情報量は1ページ1,000文字として1,000ページの本3,000冊に相当する。※それほど膨大な情報が、1グラムの2千億分の1でしかない細胞の核の中に書かれている。そして、人間の体は、体重60kgの人で約60兆個の細胞で出来ている。

 

たとえば一つの見方として、その情報が魂の記憶の記録だとしたら…?

遥か昔から脈々と受け継がれた魂の記憶の記録だとしたら…?

ほんの一瞬の生の部分を明確にピンポイントで思い出すほうが奇跡だ。しかし、記録はされている。

 

人は、こんなに壮大であまりにも深淵で悠久の命の物語を生きているのだとしたら、それはただそれだけですごいことだ。

 

言の葉

 

この地球には、様々な命がある。そして、その命の中で、人間の命は「特殊性」を持っている。それは、「意思」によって「選択」が出来るという特殊性だ。

 

ここにどんな意味があるのか? その命と意思をどう使って、どう選択し、どう生きるのか?

 

魂とは意思なのかもしれない。遥か昔から脈々と受け継がれてきた記憶の集合体であり、未来に向けて過去に囚われず自由に選択が出来る意思。

魂が本当に望む生き方とは何だろう? 自分の奥にある本当の意思はなんと言っているのだろう?

何かの拍子に、その膨大な記録の中にある記憶のどこかが目覚めてハッと氣づく。自分はこのために、今世を生きようとしていたんだ。この命を使おうとしていたんだと。

なぜかほっておけないこと、なぜか氣になること、不思議な巡り合わせ、シンクロニシティ、情熱が掻き立てられる何か…etc.氣づきのスイッチはそんなところにあるのかもしれない。

なんか最近Visionary Workがどうも、「命」の探求のようになってきた氣がする(笑) こんな話が好きな人は、+BArでビールでも飲みながら、ぜひ一緒に語りましょう(笑)

 

そうそう、マクドゥーガル博士の実験によると、この21gという魂の重さは人間にのみ当てはまるのだそうだ。

 

※村上和雄氏著書「生命の暗号」他、関連記事より引用

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